途中の町で

何時間走ったのでしょうか。
山合いを抜け、どうやら町に着いたようです。
バナナを売る屋台のくだものや、チャイ屋(インド風ミルクティー)、食堂、仕立て屋、日曜雑貨屋、路上に敷物を敷いてその上で商売している人もいました。
 とにかくこまごまといろんな店が軒を並べています。
お祭り好きの私は、何時間かぶりの活気に包まれ妙に気持ちが高揚していました。
 トイレに行くため私はつかさず車を止めてもらいました。
道行く人と自転車、クラクションを鳴らしながら走ってくるリキシャと、のんびりと歩む牛をかきわけチャイ屋に入り、トイレの場所を 尋ねました。
店の主人は「アウトサイド」と言いながら外を指差しました。
「外にあるんだなぁ」と思い、あちこち見廻したけれどもトイレらしき建物はいっこうに見当たりません。
そのとき初めて「その辺でしてくれ」という意味だったということを理解しました。
 結局、車に戻り行く途中の人気のない静かな草むらで車から降ろしてもらいました。
4回めのインドともなればこういうことにも素直に対応できるようになっていました。
<業に入っては業にしたがえ>と言うことわざが頭に浮かびました。
 青空トイレも解放感があり、なかなか気持ちのいいものでした。
お昼は、途中のナハンという町で取ることにしました。
言葉の壁があり運転手とのコミュニケーションにはかなり苦労したが、同じ人間同士ハートがあればどうにか伝わるものです。
 私たちのリクエストに答えちょっと品のいい?ベジタリアンレストランを探してもらい、1時間後の再会を約束して店の前で運転手と別れました。
 インドでは安食堂から超高級レストランまで様々があるが、この町は観光客が訪れるような所ではないので、私たちの入れるようなレストンはありませんでした。
安食堂は衛生状態がまったく悪いのです。
日本だったら絶対に保険所の許可は下りないだろう店がほとんどです。
そのうえ、どこに行ってもハエが多いのには驚きました。
 狭い階段を登って入って見ると、薄暗い店内に色鮮やかなサリーをまとった中年の女性が7〜8人テーブルを囲んで食事会をしていました。
日本で言うなら 、さしずめ町内会の主婦の会合とでもいったところでしょうか。
元気のいい会話があちこち飛びかっていました。
なぜかヒンドゥー語がどこか日本語とだぶって聞こえてしまうのがおかしく思えるのです。
時折、眼が合うと大きな瞳でジーっとにらまれ、私はここでは外国人だったんだということに改めて気づかされました。
 リムカというレモン味の炭酸飲料とフライドライス(チャーハン)を、オーダーしました。
外の暑さに比べ、天井から吊された扇風機の涼しい風が疲れた体には心地よく感じます。
リミカが先に運ばれてきたが、ついてきたストローのあまりの汚さに飲むのを思わずためらってしまいました。
瓶も汚れていたので瓶に口をつけないように飲むしか方法がありません。
それでもリムカはとてもおいしかった。
炭酸のシュワーという泡が 渇いた 喉を潤してくれ一気に半分以上を飲み干してしまいました。
 食事を終え外に出ると、車の運転席ですやすやと眠りについていた運転手は私たちの気配に気づいたのかおもむろに起き上がりました。
あとどれくらいで着くのでしょうか。
私たちを乗せたポンコツ車はポアンタ・サヒブへとまた山道を走って行きました。
 途中で20頭余りの牛や羊の群れに遭遇しました。
クラクションをいくら鳴らしても、立ち止まったまま、まったく動こうともしないもの、ゆっくりマイペースで歩き出すもの、様々でした。
が、しかし誰も怒ったり、あせったりしないのです。
ここでは、車だから優先という訳ではありません。
人も車もバイクも自転車も犬も牛も山羊もみんなの道路なのです。
痩せ衰え骨と皮だけの大きな牛の体に 牛飼いのムチが入ります。
そうしてようやく、車の通れるスペースができるのでした。
インドでは、牛はシヴァ神の乗り物とされ、聖なる動物とされているので、ヒンドゥー教徒は牛肉を食べません。

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