気とは何か?

 気とは何か?
その事が解りかけて来たのは北京の李先生にお会いしてからである。私の友人が先生の内弟子だったので紹介していただいたことがある。

 先生は80歳にもかかわらず、毎日、朝早く休まずに公園で太極拳を生徒に教えていた。どんな先生か知らずに、何も予備知識なしにいったので、驚かされてしまった。

 李先生は日本には伝わっていない太極拳の始祖楊露禅、直伝の古式太極拳の使い手でもある。

 北京の公園では様々なグループが稽古やダンス、太極拳を楽しんでいる。 李先生はニコニコしては池のほとりで内弟子相手に稽古をしていた。しかし傍目には遊んでいるように見える。先生が私に「かかって来なさい。」といわれた。しかし遠慮してのそのそと行ってしまった。「思いっきり突いてみなさい。」との言葉に本当に思いっきりついてみたら、先生の体はなかった。いや、うまく表現できない。どうやっても先生の体に触れそうで触れる事ができないのだ。

 先生はにこやかに笑っている。今度は私を押すので「踏ん張ってごらん。」といわれた。そこで私は全身に力を込めて動くまいと踏ん張った。そうしたところ奇妙な事が起きた。「あらっ。こんなはずでは」「どうもおかしい。」先生が軽くふれるだけで抵抗できないのだ。力がすーっと抜けるのだ。こんな事は初めてだ。脳の思考と体の反応が違うのだ。抵抗しようとする気が起きないのだ。うまく表現できないが、とにかく先生に抵抗できないのだ。催眠術にかけられた経験はないが催眠術にかけられたようだ。

 ウーン不思議だ。まるで子どもの頃に読んだ白土三平の忍者漫画のような世界だ。それが現実に起こっている。これは漫画ではない現実だ。恐るべし中国4000年の歴史、こんな方が沢山いらっしゃるのだろうか?
 あとから聞いたのだが、若い頃は何人かの伝説的な武術家について修養鍛練したらしい。
八卦掌、形意拳の使い手で若い頃はものすごく強かったらしい。しかしそんなそぶりはちっとも見せない。本当にいつもニコニコしている。昔、嵩山少林寺で先生の噂を聞いて手合わせをお願いしたらしい。先生はお弟子さんを派遣したところ誰もかなわなかったという事である。後で判明したが先生は嵩山少林寺武術協会の顧問をしていた。どうやら本当の内功をマスターした人はほとんどいないらしい。

 先生はたしかに誰にも負けないだろうと思う。先生は完全にリラックスしているので、先生の気の場に包まれると相手はその気に同調してしまうので戦う気力が無くなってしまうだ。

 本当の強さとは肉体の強さやテクニックではない。勝負の極意は戦わずして勝つだそうだが、すでに勝敗を超えた世界にいる先生には勝負の物差しは通用しない。二元性を超えてしまえば勝負自体の存在理由が消滅してしまうのだ。

 相手の動きもすべてどう動くのか読めるので、無理に襲っても相手にならない。さっとかわして突いたら相手は簡単に倒れてしまうだろう。お弟子さんも相当強いということなので普通の武道家は子ども扱いであろう。

 先生と気のダンスをしているうちに、すっかり体の気の流れが変わってしまった。
先生につられてぴょんぴょん飛びはねているうちに気の通りが良くなったのだ。本当に文字通りに気持ちがよい。

 心だけではなくて肉体のレベルで調和と非対立を実現している。
これは太極拳ではない太極愛である。


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