精神世界の暗黒

 第二次世界大戦中、ヨーロッパでは約600万人といわれるユダヤ人が強制収容所に送り込まれて虐殺された。1960年、当時ゲシュタポのユダヤ課長であったアドルフ・アイヒマンは亡命先の南米ブエノスアイレスで逮捕され、イスラエルで裁判を受けた。判決は死刑そして1962年5月31日、刑は執行されたのである。彼は裁判中「私はただ上官の命令に従っただけだ」と一貫して主張し続けた。法律的にはともかく。心理学的には、彼の主張にも一片の真理があった。それを示したのがミルグラムの実験である。

 ミルグラムは新聞を通じて「記憶に及ぼす罰の効果」に関する実験に参加してくれる被験者を募った。

 被験者はごく平凡な市民である。2人の被験者が実験室にやってくると,それぞれ生徒と教師の役を指定された.生徒は椅子に縛りつけられ、手首に電気ショックを送るための電極がとりつけられた。一方、教師は隣の部屋でショック送電器を操作するように言われた。送電器には30個のスイッチがあり,それぞれ電圧と電圧に対応するショックの強さが表示されていた。

 実験者は生徒に対連合学習を行わせ、生徒が誤った答えをするたびに、一段ずつ強いショックを与えるよう教師に要請したのである。この実験で生徒になったのは実は実験協力者であり,それぞれのショックの強さに応じて痛がったり実験の中止を訴える演技をするように指示されていた。また、実験者は教師がショックを送ることをためらった時には、実験のためにショックを送り続けるように要請した。

 常識的に考えれば、たとえ実験のためとは言え、200ボルト以上のショックを与えることは人を傷つける恐れがあり、人道的にためらわれるところであろう。ところが、実際には教師になった被験者の62.5%が最大450ボルトのショックまで与え続けたのである。

 この結果は平凡な一般市民であっても。権威ある者からの命令に接すると、たとえ不合理な命令であろうと、みずからの常識的な判断を放棄して、その命令に服従してしまうことを示している。
           
図説心理学入門 ミルグラムの実験 より引用

 これは個人が社会の一員として振るまう時、個人は組織の歯車として機能してしまうことを意味している。
そしてまた服従、献身、忠誠、という美徳も一転して破壊的な戦争を生み盲目的に権威に従ってしまう危険性も意味する。

 現在はヨーガがブームという事で大小の沢山のヨーガのグループがある。私は最初はどこにでもありそうな、ちいさなヨガの会だったという麻原彰晃のオウムの会が思い出される。麻原に会った事も無い、その信者に一度も会った事はないが、その経緯を知れば知るほど、それは精神世界の旅に不気味なほど似通っている。

 インドのリシケシには数多くのヨーガ・アシュラムがあるが、私の滞在したアシュラムには麻原の著書と機関誌があった。手に入りにくい本なので、おそらく修行に訪れたオウムの信者が寄贈していったものと思われる。

 麻原が初期に行っていたイニシエーションにシャクティパットというものがある。この用語は元々はデクシャと呼ばれていて ヨーガ・タントラではイニシエーションを意味していた。デクシャには大まかにわけて三つの側面があるという。弟子が入門する儀礼と、解脱や悟りを与える事と、神秘体験を与えるデクシャである。

 シッダ・ヨーガの系統にムクタナンダと呼ばれるグルがいる。シッダ・ヨーガではデクシャとは師から弟子へシャクティ(霊的エネルギー)を伝授する事を意味する。

 スピリチュアル・エマージェンシー・ネットワークを提唱したクリスティーナ・グロフは1974年にムクタナンダからハワイでデクシャ(シャクティパット)を受けてから深刻な精神の危機に陥った。不安と恐怖と怒りが交互にやって来て、日常生活に支障を来す様になったのである。彼女はカルフォルニア州のエサレンで出会った精神病理学者のスタン・グロフ博士に「あなたは今、死と再生のプロセスの途上にいる。」とつげられた。
その混乱と苦しみから逃げださずに直面して統合すれば深い癒しと自己治癒、霊的変容が起こることを彼女は理解して日常生活を取り戻したのである。

 ヨーガには様々な呼吸法があるが、ある特定の呼吸法に集中しているとエネルギーが高まり、身体の中を動き始めようになる。

 麻原の著作には次のような記述がある。
相手のクンダリニーが覚醒してゆく様子は、霊眼で見ている。まず、相手の眉間に当てたわたしの親指から白銀色の光がスシユムナー管(クンダリニーの通り道)を通って尾てい骨のムーラダーラ・チャクラまで降りていく。これを三回ほど繰り返すと、光はパッと消えてしまう。これは、スシュムナーにクンダリニーの通り道ができたことを意味する。

さらにシャクティーパットを続けていると、小さな豆粒ほどの赤い点が相手のムーラダーラ・チャクラに四点くらい見え始める。このとき、わたしのムーラダーラ・チャクラも呼応してむずがゆくなる。それらの点は初めは離れて見えるのだが、やがて一カ所に集まり、逆三角形を作る。そのとき、わたしのムーラダーラ・チャクラは熱くなる。三角形は次第に大きくなり、骨盤ほどの大きさにまでなる。わたしのムーラダーラ・チャクラはいっそう熱くなり、エネルギーが上へと昇り始める。同時に相手の赤いクンダリニーも上へと昇り始めて、それがわたしの親指のところまで到達すると、相手の身体全体が赤く見えるようになる。

これで第一回日のシャクティーパットは終了である。たいていこれでクンダリニーの覚醒も終了する。シャクティーパットを受けた人は以後超能力をどんどん獲得していくことができるのである。「超能力 秘密の開発法」オウム出版 より引用)

 麻原はヨーガの修行の結果、内部にエネルギーを集中させることができる様になり、信者の身体と共鳴させることができるようになったようだ。シャクティパットは一回5万円だったようだが、受けた信者は金色の光に包まれた。涙がながれ至福に包まれた。などの感想を話す。以下信者の体験談

身体全体が筒のようになった感じで、幅の広い帯状のエネルギーが上昇していくようだ。気分と身体が軽くなり、心地よくなった。セックスよりも強烈な快感が、足やおなかから頭項に向かって走った。シャクティー・パットを何回か受けていると、時々、意識がなくなってしまうこともある。シャクティー・パットを受けているということを承知していながらも、意識は部分的に違う世界にいってしまったような気がした。それは眠りに近い心地よさを伴っていて、白い光が見える。終わったあとは心が穏やかで、身体はまるで雲の上にいるような感じであった。 雑誌 トワイライトゾーンNo.126号 ワールドフォトプレス 

白い光が内側から額に広がるように見えた。尾骸骨のところに小さい粒が動いているような感触があった。1回目のシャクティー・パットでは、何だかよくわからないながらも感動して涙が込みあげてきた。麻原先生が「君は前生で私の弟子だった」とおっしゃったとき、それを確信した。最高に至福感があって、自分が聖者になったような気分だった。首にたまっていると感じていた邪気が全部とれて、すっきりとした。2回目のシャクティ・パットでは、気分が軽くなって心が解放されたような感じだった。物事を考えなくても、必要なことは自然と脳裏に浮かんでくるようになり、行動にムダがなくなった。 雑誌 トワイライトゾーンNo.126号 ワールドフォトプレス

 シャクティパットを受けた信者は強い身体感覚に感動して、この教えは本物だと確信してカルト団体に依存して行く。しかし全く精神世界の修行をした事のない、一般の世俗の人でもある特定の呼吸のテクニックを使用すれば様々な神秘体験は誰でも起きる事なのだ。

 シャクティーパットを受けた信者が解脱と悟りが得られたかどうかの判断は、その後、刑務所に入ったしてマスコミをにぎわしているので、これを読んだ方にお任せしたい。

 のちに麻原の愛人になり子どもを宿してしまったマハー・ケイマこと石井久子は次の様に報告している。

快感が走る。震動する。しびれる。そして、太陽の光のようにまぶしく、ものすごく強い、明るい黄金色の光が頭上から眼前にかけて昇った。
 金色の光が、雨のように降りそそいでいる。その光の中で、私は至福感に浸っていた。  この太陽は、その後何回も昇り、そして最後に黄金色の渦が下降し、私の身体を取り巻いた。 このとき、私は光の中に存在していた。いや、真実の私は光そのものだったのだ。その空間の中に、ただ一人私はいた。ただ一人だが、すべてを含んでいた。本当の幸福、真実の自由は、私の中にあることを悟った。真実の私は光の身体であって、肉体ではないことを悟った。
?真実の私は、光であることを知った?
マハー・ケイマ(石井久子) オウム真理教 機関誌「マハーヤーナ」No.2 号 オウム出版 

 この話を聞けば、おそらくオウムと別の名前であれば今でも、はまり込んで行く人はいるのではないだろうか?

 オウムの引用を長々としたが、通常、霊能力や神秘体験と言われるものが、悟りと解脱とは直接的には結びつかない事を示している。

 変成意識を体験させる身体技法は、自我の境界が揺らぐので誰でも神秘体験がおこる。それは体験への執着や依存を生み、カルト団体のビリーフシステムを強化してしまう危険性がある。

 なんらかの原因で 無意識の領域に溜め込んだ欲求に無自覚でいると、抑圧したエネルギーが表出したとき、それを外の世界で行動表現してしまう。内面で起きている問題を自覚しないまま外の世界で表現しても、内面の問題は解決しない。

 麻原彰晃が教祖稼業に手を出すのであれば、低次元の欲求は解消しておかなければならなかった。彼は修行不足のため自己を洞察するという智慧が開かなかったので、自己の満たされなかった無意識のエネルギーに振り回され、欲望を欲しいままに満たそうとして自滅してしまったのである。

 簡単に超能力が得られる。解脱、悟りが簡単に得られると宣伝をする団体には欲望を満たそうとする低次元の信者を呼び寄せるものだ。その団体に集まって来る人々が幼稚であまりにもお粗末でおかしいと感じたならば、その団体と距離をおいてよく観察することも一つの方法だと思う。

 低次元の教祖に集まる信者には似たような無意識の構造があり、それが、教祖を甘やかし、教団を形成する。 それがカルト化する危険性はいつでもある。オウムの事件はそれを教えている。
                   2005年07月22日

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引用・参考文献  
魂の危機を超えて」スタニスラフ グロフ 春秋社
図説 心理学入門」
斉藤 勇 誠信書房
オウム-なぜ宗教はテロリズムを生んだのか」
島田 裕巳 トランスビュー


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