バクティ・ヨーガ Bhakti yoga

 インド・パキスタンの国境を接するカシミール地方はイスラム教徒が8割をしめていてパキスタンの帰属を希望しているのにインド領なために紛争が絶えない地域だ。カシミールのラダックにはチベット仏教を奉ずるラダック人がいてカシミール州からの独立を求めているのでこの地域は複雑な問題を抱えている。

 もともとインドにはイスラム教徒はいなかった。インドにいる3億人におよぶイスラム教徒のほとんどはヒンドゥー教や仏教を信じていたインド人がイスラム教に改宗した子孫である。無理矢理改宗されたかといえばそうでもないようだ。今でも低位カーストが改宗する理由はカースト制度の否定にある。ヒンドゥー教からの改宗がカースト制度から逃れることでの社会的地位の向上にあることははあきらかだ。

 7世紀後半からヒンドゥー教が優勢なころ、仏教徒がヒンドゥー教に吸収された場合、最下級のカーストに落とされる運命にあった。そのため、北西インドではヒンドゥー教の軋轢から逃れるためすすんでイスラム教へ改宗した仏教徒が多かったのではないかとされている。いずれにしてもガンダーラに栄えた仏教は完全に姿を消してしまった。現在でも保守的なヒンドゥー教の地域ではマイノリティーのキリスト教徒や仏教徒は低位カーストと同様にみなされる。

 「バクティをもって私を愛する人は、たとえ極悪人であっても善人と見なされ、たとえシュードラであっても、最高の世界、私のもとに至るであろう。私は万物に対し平等である」とバガヴァッド・ギーターにかかれていることもあってか低位カーストに対して同情的なのはヴィシュヌ派の人々だったようだ。

ラーマーヌジャ Ramanuja

 ヴェーダーンタの流れにはシャンカラ(Shankar)の不二一元論(アドヴァイタ・ヴェーダーンタAdvaita Vedanta)、ラーマーヌジャ(Ramanuja)の限定不二論(ヴィシシタ・アドヴァイタ Vishishta Advaita)、マドヴァ(Madhav)の二元論(ドヴァイタDvaita)がある。


 ラーマーヌジャ(1017年 - 1137年)は南インドのタミル地方、マドラス近郊の村Perumbudurに生まれた。17歳の時に父は亡くなり結婚をしてカーンチプーラム(Kancipuram)の近郊に移り住んだ。

ラーマーヌジャは最初シャンカラの不二一元論の教師(Yadvaprakasha)の元で学んだ。しかし、物質世界は単なる幻影とする教えを受け入れることができず、アドヴァイタの師と対立し去ってしまう。伝説では師を論破したため弟子達によってラーマーヌジャは殺されそうになったという。

その後、シュリー女神(ラクシュミ)を配偶神とするナーラーヤナ神(ヴィシュヌ)信仰のシュリー・ヴァイシュナヴァ派のカーンチプルナ(Kanchipurna)を師としたが彼がスードラ階級出身だったので、招待した師の夕食が済んで帰った後、穢れたと思い込んだ妻は家を清め、入浴して身の穢れを払ってしまう。

ラーマーヌジャは深くしみ込んだカーストの考えを変えようとしない妻を実家に帰しサンニャーシン(出家)になって世界最大のヴィシュヌ派のシュリーランガム寺院(Srirangam)に向う。しかし偉大な賢者であり学者で有名だったヤームナ(Yamunacharya)はラーマーヌジャの到着前に死亡していた。

シュリーランガム寺院

 七世紀から十世紀ころへかけて、南インドのタミル地域では熱烈なバクティ信仰が盛りあがり、ヒンドゥー教が勢いを増しジャイナ教、仏教は排斥されていった。

このころ多くの宗教詩人たちがタミル語でバクティを唄いあげてヒンドゥー寺院を渡り歩いていた。ヴィシュヌ派のバクティ詩人達は「神への思いに沈む人」と言う意味のアールヴァール(Alvar)と呼ばれた。アールヴァールの十二人の詩人達の中には女性や低カースト、元強盗や不可触賎民も混じっていた。

アーンダール(Andal)は低いカースト出身の女性だったが男性中心のインド社会において偉大な女性聖者の一人としてうやまわれ、彼女の詩は今でも南インド中でうたわれている。

 美しい花びらを散らして祈り、
 神への思いを歌い、
 ハートが愛で満たされる時
 過去の過ちも
 これから生じるあやまちも消える。
 火の中で燃え尽きて
 塵になる綿の様に

  アーンダール

アールヴァール十二人達の詩と賛歌はナータムニ(Natha Muni)によってまとめられ南インドのヴィシュヌ信仰の神聖なヴェーダの聖典として崇められた。ナータムニの後継者はヤームナ、その3代目がラーマーヌジャとされている。

 ある日、ラーマーヌジャは村の人々を寺院にあつめ絶対他人に口外してはいけない秘密の神聖なマントラ(Om Namo Narayanaya)を塔の上からすべての人々に教えてしまう。師 Thirukoshtiyur Nambigalは激怒してこの行為を問いただすとラーマヌジャは「人々を天に導く事が出来るなら、掟に背いた罰として喜んで地獄の火に焼かれる」と答えたという。このころからラーマーヌジャの名声は、広範囲に広がっていった。

 シヴァ派の信者であったチョーラ王がヴィシュヌ派を迫害したためラーマーヌジャは南インドのカルナータカ地方に亡命した。その間悪魔に取り付かれたといわれていたホイサラ王朝の王女の心の病を直し、ジャイナ教の学者と議論をして敗北させビッティデーヴァ国王(ヴィシュヌヴァルダナ)をヴィシュヌ派に改宗させた。

ラーマーヌジャは神の実在を証明しようとするさまざまな宗派の論客と論争をしてブラフマンは人間の理性的推論では捉えられず人間の知性を超越していることを説いた。

 20年後迫害していたチョーラ王は死にラーマーヌジャはシュリーランガムに帰った。彼は、ブランマスートラとバガヴァド・ギーターの注釈書を書きバクティとヴィシュヌの崇拝を再興させた。ビシュヌ派の信仰共同体を組織して、サンスクリットとタミール語両方の聖典の研究を奨励し、バラモン階級以外の低カーストにもひろめる努力をした。120歳で亡くなったと言われている。

 ラーマーヌジャにとっての最高神ブラフマンはウパニシャッドの言葉や思考を超越する至高の霊である超越的なニルグナ(Nirguna)ブラフマンではなく、人間を救済するために目に見える特質をもって現れたサグナ(Saguna)ブラフマン、つまり人格神ナーラーヤナにほかならなかった。

最高神ブラフマンは自らの意志で、自身をプルシャとプラクリティに分離させ、リーラ(遊戯)として、この世界を創り出したのである。
 存在には神、魂、物質の三つの階層があり、身体は魂と離れては実在性を持たないが、身体固有の物質的性質はもちつづける。同様に魂は実在的だが、魂は神の身体として神に依存している。神の階層ではすべての存在が神であり、神以外何も存在しないが、それより低い魂の階層では神は身体をもち神は「制限される」のである。
ブラフマンは宇宙を身体とする形態をとってしまったために制限されることから彼の説は限定不二論者(ヴィシシタ・アドヴァイタ Vishishta Advaita)と呼ばれる。

 ラーマーヌジャによると個我の中のアートマンの本性は「思」であり「思は無垢の知と、業によって収縮拡大する知よりなり、快楽苦痛の経験主体であり、神を体得し神の境地に到達できる能力を持つ」という。個我はブラフマンをその本質とするにもかかわらず、分離した業によって物質的な身体を自己とみなし輪廻の中で苦楽を経験するのである。

自己の魂がブラフマンと同一の認識はアドヴァイタでは最高の段階とされるがヴィシシタ・アドヴァイタでは準備段階にすぎず、それから神の悟りが来る。神の悟りは、神の恩寵によるとされる。

ラーマーヌジャにとってカルマ・ヨーガ(Karma Yoga)とジュニャーニャ・ヨーガ(Jnana Yoga)はバクティ・ヨーガ(Bhakti Yoga)の前段階にすぎない。
ラーマーヌジャは霊性の修行でバクティを最高の段階とした。

 よく言われる譬えはアドヴァイタが「私は蜂蜜だ」と言うのに対して、限定不二論者(ヴィシシタアドヴァイタ)は「蜂蜜であるよりも、蜂蜜を味う」と言う。

 ラーマクリシュナは学生ナレンドラ(のちのヴィヴェーカーナンダ)の「限定不二一元論とは何ですか?」の質問で果物の実に例えて答えている。

「これはラーマーヌジャの考え方でね、生物と世界の形になったブラフマン、というわけだ。皆ひっくるめて一つのもの、ということ一つのベルの実のようなものさ。ある人が殻と種と果肉を別々にした。ところがベルの実の目方を測らなければならないことになった。そのとき、ただ果肉だけ測っても、ベルの実の目方にはならないだろう? 殻も種も果肉もいっしょに測らなけりゃならん。はじめの間は、殻はダメ、種もダメ、果肉だけが本当に役に立つだいじなところと、こう感じている。その先またよくよく考えていくと果肉を含んでいる実体に、殻も種も含まれている、つまり、殻や種がなくては、果肉そのものもあり得ない、ということを覚るんだよ。先ず、これでもない、あれでもないと否定に否定をかさねていく。それは生物ではない、この世界でもない、というふうにね。ブラフマンだけが実在、実体で、あとはみな非実体だとね。その後で、覚るんだよ、殻も種も、果肉の持主に属している、つまり、ブラフマンという全体があっての生物と世界だと。永遠不動あっての変化活動だ、と。紙の表裏のようなものだと。だからラーマーヌジャは、生物と世界はブラフマンの局面だと言うんだ。これを制限不二論というんだよ。」

「この世はあの御方の遊戯だよ。ゲームみたいなものさ。この遊戯のために、幸と不幸、罪と徳、知識と無知、善と悪、こういうものが皆あるんだよ。不幸や罪といったものがなくなったら、遊びは続けられないからね。お前は一体何ものなのだ? さあ言ってみろ。神ご自身があらゆるものになっていらっしゃるんだぞ。マーヤー、生物、世界、二十四の原理に、蛇となっては咬み、祈祷師となって祓う。あの御方は明知と無知・無明との両方になっていなさるんだ。無明というマーヤーで無知になり、明知のマーヤーで導師となったり祈祷師になってお祓いをしたりなさる。知者は、あの御方は実在し、あの御方こそ行動者であって、創造、維持、破壊の活動をしている、と見る。覚者は、あの御方こそが万物万象となって存在しているのだ、と見る」

ラーマーヌジャによるバクティ・ヨーガ七つの方法

1、聖典で禁じられている汚れた食物を避け、清浄な食物を食べることによって身体を浄化すること

2、宗教的純潔を守ること

3、つねに修行を怠らないこと

4、財産に応じて供犠や儀式を行なうこと

5、真実、高潔、慈悲、慈善、生命を大切にする

6、希望に満ち、落胆しないこと

7、得意にならないこと

ラーマーヌジャは最高神に自己をゆだねるプラパッティ(prapatti)によって無上の愛が生じ、最高のプルシャが得られるとした。

 輪廻からの解脱はひとえに神の恩寵(クリパー)による。恩寵とは神の側からくるものであり、敬愛を込めた人間の神へのバクティに対し、神がこれを喜び、与えられるのが恩寵である。だが、バクティとは無私の愛であり人間がそれを期待してバクティを行じるのは不純だという考え方もある。

 そのためラーマーヌジャの教えは聖典にサンスクリットを用い、バラモンの伝統的儀礼や慣行を重視した北方派(ヴァダカライ派)と聖典にヒンディー語を用い、大衆的で、人間平等を強く主張し、バラモン的伝承の多くを否定した南方派(テンカライ派)の二つに分かれた。
 北方派では救われるには自発的な努力が必要でそれが出来ない人の道が神へのバクティとされた。北方派ではバクティは数ある道の一つになる。南方派の見解は人が救われるのは神の恩寵のみによるので努力や徳を積む事とはかかわりがないとされた。南方派ではバクティ以外の方法では最高神に近づくことは出来ても到達する事はできないとされている。

 北方派と南方派の違いは猿の道と猫の道に例えられる。小猿は安全な場所に運んでもらうのに自分から自発的にしがみつかねばならず。子猫は何もしなくても母猫がくわえて安全な場所に連れてってくれるのである。北方派では努力してもしなくても同じならば神は不公平だと考える。

 ラーマーヌジャには低位カーストでも救われるバクティの革新的な面と伝統的なバラモンの生活をおくるという保守的な面があったのでのちに分裂したのである。ラーマーヌジャ派には食事はすべて自分で行ない、その行為をもし人に見られた時は食べ物をすべて土中に埋めなければならないという食事の厳しい掟があり、現代でもラーマーヌジャを祖とする保守的なサドゥーはこれを守っている。

 ヒンドゥ教多数派のシュリー・ヴァイシュナーヴァ派はラーマーヌジャを源としている。ラーマーヌジャは男女、カーストの関わりなくヴィシュヌに到達できるとしたので、低位カーストを救おうとしたとされる。しかし祭儀の必要性を説いたのでカースト制度を根本的に改革をすることは出来なかった。

 ラーマーヌジャの教えはラーマナンダに引き継がれ、カビール、ナナクと続いた。

ラーマナンダ Ramananda

 バクティの流れを次いでカースト制度の改革をしたのは14~15世紀に活躍したヴィシュヌ派のラーマナンダだった。ラーマナンダは社会改革をしようとした訳ではないかもしれないが、彼は男女の平等を説き、バラモンと低位カーストとの差別をなくしてヴィシュヌ神を信仰するものはだれでも一緒に食事をする事が出来るとした。ラーマナンダが諸国を巡礼して寺院に帰って来た時に彼が戒律を破ったのではないかと疑った他のサドゥーが彼を拒否する事件があったという。この事件を機会にラーマナンダ派が出来たのである。「カーストを問うことなかれ。誰と食事をするかを問うことなかれ、もしハリに対するバクティを持つならば、かれはハリ自身のものである。」

ラーマナンダ派のバクティ・ヨーガの方法

1、クリシュナ・ラーダ信仰のかわりにラーマ・シータ信仰のマントラを繰り返し繰り返し唱える。「ラーム・ラーマーヤ・ナマハ」
2、神に対して家僕のように仕える。
3、同じ信徒を尊敬し、彼らに奉仕する。
4、自分の欠点を知り、慢心を起こさない。
5、あらゆる疑問を解き、優れた師に学ぶ。

ラーマナンダの有名な弟子の中には女性、農民、奴隷階級やイスラム教徒、アウト・カーストがいたという。ラーマナンダが「あらゆる人は神の前で平等である」と説いたのはヒンドゥー教史上初めてのことだといわれる。

参考文献

「ラーマーヌジャの研究」松本 照敬 春秋社
「インド思想史」中村 元 岩波書店
「ヒンドゥー教史」中村 元 山川出版
「ヒンドゥー教」R.G.バンダルカル せりか書房
「アーリアンとは何か」津田 元一郎 人文書院
「インドの神々」リチャード ウォーターストーン 創元社
「中世インドの神秘思想」トゥッラ 刀水書房
「インド思想」早島 鏡正 東京大学出版会
「ヒンドゥー教の本」 学習研究社
「ヒンドゥー教」 ニロッド・C. チョウドリー みすず書房


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